白山運動公園館長の黒鳥です。PART2

白山運動公園館長の黒鳥博から2回目のブログ更新です。
今回のテーマは白山運動公園のメイン施設である「新潟市陸上競技場」の歴史についてです。

新潟市陸上競技場は昭和38年に新潟県に移管して改築され「県営新潟市陸上競技場」に改称され、翌年昭和39年には国民体育大会のメイン会場となりました。その後昭和58年に再び新潟市に移管され「新潟市陸上競技場」と改称しました。平成7年には改良工事が行われJリーグ公式戦「柏レイソルVSサンフレチェ広島」でナイター開きが行われました。平成10年には旧JFL昇格を果たし、その後Jリーグに参戦したアルビレックス新潟のホームスタジアムとして使用が開始されました。現在は第1種公認陸上競技場として多くの方にご利用いただいています。
それでは写真を見ながら新潟市陸上競技場の歴史をひも解いていきましょう。

こちらは昭和54年の新潟市陸上競技場です。この頃は全天候型のゴムチップではなく、土のトラックでした。レーンのラインは大会前日徹夜で引いていたそうです。観覧席も低いですね。
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続いては平成5年の新潟市陸上競技場です。トラックは全天候型に整備され、現在の競技場に似てきました。ですがバックスタンドはまだ芝生席ですね。高校サッカーや高校ラグビーの決勝戦も行われ全国大会出場決定の瞬間には、観覧者がピッチに走り込むという姿も見られました。当時学生だった方は懐かしいのではないでしょうか?

またサッカー不毛の地と言われた新潟もサッカー熱が高まってきました。選手見たさに長い行列が出来ることも珍しくありませんでした。
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次は平成14年の新潟市陸上競技場です。バックスタンドもベンチ席へと改修されました。芝生も洋芝へと張り替えられ、のちに海外でも活躍されたサッカー日本代表の選手からも絶賛されました。
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そして現在の新潟市陸上競技場です。まもなく50歳を迎える施設ということで老朽化は否めませんが、これからも皆様に愛される、市民のための施設でありたいと思っています。

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最後に我が家のうさぎ「ぴょんちゃん」の紹介です。キャベツが大好きな、まもなく1歳の女の子です。ゲージから出すと部屋中のコードをかじりまくっています。これで我が家の電話は使用不能となりました。

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これで2回目のブログ更新は終了です。今回もご覧頂きありがとうございました。
PART3をお楽しみに!



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